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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)8865号 判決

甲事件原告乙事件被告 加賀建設株式会社

右代表者代表取締役 札木外夫

甲事件原告乙事件被告 札木外夫

右両名訴訟代理人弁護士 榊原卓郎

甲事件被告乙事件原告 森蘭

右訴訟代理人弁護士 鈴木圭一郎

主文

一  被告は原告らより金三七八万四、三八三円及びこれに対する昭和四六年一二月一一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を受けるのと引換えに、原告札木外夫に対し別紙目録記載の土地につき昭和四二年三月八日譲渡を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  原告札木外夫のその余の請求並びに原告加賀建設株式会社の請求を棄却する。

三  原告らは被告より第一項の所有権移転登記手続を受けるのと引換えに、被告に対し各自金三七八万四、三八三円及びこれに対する昭和四六年一二月一一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告の原告らに対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一本工事代金について

一  原告会社と被告との間で、昭和四〇年七月一六日注文者を被告、請負人を原告会社とし、横浜市保土ヶ谷区鎌谷町二六七番一五地上に、木造二階建延坪五二〇、四九平方メートルの建物を、代金一二〇〇万円、工期昭和四〇年九月三〇日の約束で建築する旨の請負契約を締結した事実は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、原告会社は本件請負契約に従って工事を進め、その間一部追加、変更工事を行い、約束の工期である昭和四〇年九月三〇日に、建物並びに附帯の敷地道路側土留、排水、ガレージ各工事を完成させ、直ちにこれを被告に引渡し、被告は同年一〇月一日より同建物を訴外塩野義製薬株式会社に賃貸し、同訴外会社より同日以降の賃料の支払を受けたこと、なお原告会社はその頃、本件工事の設計監督者であった訴外林国義より工事完了の確認を受けたことが認められる。

三  被告は、右各工事に関し、建築確認申請等の手続を委任したにも拘わらず、原告会社はこれを行わず、そのため完成した建物について検査済証の交付を得られなかった、またその後がけ崩れが生じているから仕事はまだ未完成であると主張する。そして≪証拠省略≫によると、原告会社は被告より右手続の委任を受け原告会社はこれを訴外林国義に委任したが、建築基準法所定の建築確認申請がない状態で工事を始めたこと、その後訴外人を通じ本件建築に関し確認申請をしたが、本件建物の敷地(南側擁壁部分)に問題点があるという理由で建築主事の確認が得られなかったこと、しかし原告会社は、工事を進め建物を完成させたが、右の如き状況から検査済証の交付は受けられなかったことが認められる。

ところで一定の建築物を建築しようとする建築主は、建築基準法に従って事前に建築主事に建築確認申請をし、その確認を得なければならず、確認を受けない建築物の建築はこれをしてはならないものとされているところ、本件契約の目的たる建物は、建築基準法上右確認申請をする必要のある建物に該当していることが明らかである。そして本件建物の建築主は被告であるから、右確認申請義務者は請負人である原告会社ではなく、被告というべきである。従って本来的には、建築主はあらかじめ確認申請をし、その確認を得た上で請負人にその工事を請負わせるべきであった。このように確認申請行為は、もともと施主の義務とされているものであり請負契約の内容たる請負人の仕事に当らないものであるから、原告会社が本件建築に関し、建築確認申請をしないで工事を進めたことは、建築基準法の精神に反する行為ではあるが本件請負契約上の仕事が完成したかどうかの判定には関係がないものである。もっとも本件において、被告は原告会社に右確認申請等の手続の一切を委任しているから、原告会社は右委任の趣旨に従って、まず被告のために確認申請をする義務があったものというべきであるが、これを履行したか否かは右委任契約上の問題であり、その義務不履行が直ちに請負契約上の仕事の未完成に結びつくものではないことは前述の関係からみて明らかである。

つぎに本件工事について検査済証の交付を受けることができなかったことが、仕事の未完成に当るか否かにつき判断するに、検査済証は、工事が完了した場合、建築主において建築主事に対し工事完了届を提出し、この届出に対し当該建物が関係法令に適合しているか否かを建築主事において検査し、適合していると認めたとき、同建築主事から建築主に交付されるものであるから、これら制度の趣旨に照らせば、検査済証の交付は一般には、請負契約上の請負人の義務に属しないものというべきである。従って検査済証の交付を受けられなかったことそれ自体は、仕事の完成、未完成とは別個の問題というべきである。しかしながら仕事の未完成を理由に、検査済証の交付を受けられないこともあり得るので、本件における検査済証の未交付が、仕事の未完成を理由とするものであるか否かを更に検討する必要がある。

前記認定の如く、本件では本件建物敷地南側擁壁部分に安全上疑問があるという理由で、建築確認が得られず、その後もその問題部分は改善されなかったため、工事は完了したが、検査済証の交付を受けることができなかったという関係にあるところ、≪証拠省略≫によると、被告は、本件建築に関する設計図書の作成を、原告会社を通じ将来本件建物の賃借人として予定していた訴外塩野義製薬株式会社に委任したので、同訴外会社が、被告のため一級建築士訴外林国義との間で、設計監理契約を締結し、また原告会社と被告との話合により、右設計監理費用は原告会社が負担することとなり、原告会社がその費用を右建築士に支払ったこと、そして本件工事に関し設計図書が作成されたのであるがこれによると、本件敷地を平坦にすると、北側道路に接する部分で約二メートルの段差を生じて敷地が低くなり、南側水路に接する部分で約三メートルの段差を生じて敷地の方が高くなるので、その段差部分に鉄筋コンクリート擁壁を新設する計画になっていたこと、そこで原告会社は、右設計図に従って工事を始めたのであるが、南側部分には従前よりコンクリート塊及び大谷石積の擁壁が存在し一見堅固にみえたため、南側部分については新擁壁を築造するのを止め、右旧擁壁を利用することにし、北側部分に新擁壁を築造し、もって地盤整理を行ったが、その工事方法に対し監理技師より何らの異議はなく、工事完了の確認を得たこと、右工事中、前述の建築確認申請をしたが、右旧擁壁の強度に疑問が持たれ、確認を受けることができなかったこと、しかし原告会社は工事を続行し、これを完了させたが、その後昭和四一年六月に同地を襲った台風第四号に伴う降雨により、右旧擁壁の一部が崩壊したこと、そこでこの災害を契機に横浜市長より宅地造成等規制法に基づく防災措置命令が発せられ、原告会社と被告間でその費用の分担に関する合意が成立し、右命令の趣旨に従って、本件敷地南側部分に新擁壁が築造され、その結果同部分の工事は完成したことが認められる。

ところで仕事が完成したか否かは、請負契約の目的たる仕事の内容が注文者に認識できる状態にまで外形的に現実化し、それが契約上要求されている量又は程度を一応満しているかどうかを基準として判断すべきものであるところ、一般には右仕事の内容程度は設計図書によって特定されているものであるが、また一方工事の途中において監理技師の同意を得て、設計図書の指示と異なる工事をすることも一般に行われているところである。従って、これらの設計図書、監理技師の指示等を総合して、当該工事が契約の趣旨程度を満たしているか否かを判定すべきものであるところ、前記認定によると、本件において、原告会社は設計図に指定された南側新擁壁設置工事を行わず、旧擁壁利用法をとり、結局その工法に関し監理技師の追認を得たというべきであるから、当局の建築確認業務に関してはともかく、原告会社と被告間の請負契約の関係では、原告会社は契約によって要求された仕事を外形的にも量的にも一応完了したものといわねばならない。ただ以上のようにして、完成の有無を判定し、その結果完成したものと判断したとしても、本件敷地についていえば、それが相当程度の雨量にも耐える客観的に適正なものであったか否か、また設計図書に照し排水管の接続や盛土の固め方など部分的ないしは隠れた瑕疵が存在していないかどうかの問題が残ることは特定物の給付的性質を有する請負契約の特質上止むを得ないところである。従って前述の台風によるがけ崩れは後述の如く一応完成した仕事についての瑕疵と解されるのであるが、その問題は仕事の完成の有無の判断とは別に、修補請求又は損害賠償請求等によって解決すべきものである。

すると原告会社がなした本件請負契約上の仕事は、昭和四〇年九月三〇日に完成したものというべきである。

四  被告は原告会社に対し、本件本工事代金を着工日である昭和四〇年六月一〇日より起算して二年以内に全額支払う旨を約したことは当事者間に争いがないから、右初日を起算点として算定すると、右本工事代金は昭和四二年六月九日が弁済期限となる。

第二追加工事代金について

一  ≪証拠省略≫によると、原告会社は、その主張の如く請求原因(四)(1)のイないしニの工事を行い、これを完成させたこと、右のうち、イないしハの各工事は、本工事の遂行過程において行われたものであり、またニの工事は本工事が完了し、目的物が被告に引渡された後、昭和四一年六月に生じた水害を復旧するために行われたものであることが認められる。しかしながら、そのうちイの工事については、事前に原告会社と被告間で話合が成立したことが≪証拠省略≫によって認められるのであるが、ロ、ハの各工事についてはこのような話合が行われたことを認めるに足る証拠はない。これらの工事が行われたことを被告が知っていたとしても、請負金額の範囲外の追加変更工事として行われるものであることを承認する趣旨で、これを黙認していたと認める証拠もない。またニの工事は、前述の整地工事の瑕疵を補修する目的で行われたものと認められるから、追加変更工事代金として請求することはできないことが明らかである。結局追加工事契約としては、原告主張のイの建物追加四〇坪増築工事についてのみ認められるから、被告はその代金二四万五、〇〇〇円を、本工事代金の支払期日に原告会社に支払う義務があるものといわねばならない。

第三請負代金の弁済について

一  被告が原告会社に対し、昭和四〇年八月二八日金五〇万円、同年八月二九日金三八万円、同年一〇月五日金三八万円、昭和四一年七月一一日金五〇万円合計金一七六万円を弁済したことは当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、被告は、本件建物を、訴外塩野義製薬株式会社に賃料一ヶ月金一九万円、駐車場料金一ヶ月金三万円合計金二二万円の約束で賃貸したところ、原告会社、訴外会社、被告三者間の話合により、訴外会社が被告に支払うべき右賃料を、原告会社が直接取立て本件請負代金に充当する旨の合意が成立したこと、その結果原告会社は訴外会社より、

(1)  昭和四〇年一〇月一日より昭和四一年九月三〇日まで一二ヶ月分 金二六四万円

(2)  昭和四一年一〇月一日より昭和四二年三月三一日まで六ヶ月分 金一三二万円

(3)  昭和四二年四月一日より昭和四二年六月三〇日まで三ヶ月分 金六六万円

(4)  昭和四二年七月一日より同年一一月三〇日まで五ヶ月分 金一一〇万円

(5)  昭和四二年一二月一日より昭和四三年一月三一日まで二ヶ月分 金四四万円

(6)  昭和四三年二月一日より昭和四三年三月三一日まで二ヶ月分 金四四万円

合計金六六〇万円

を受領したこと、しかし被告より異議が出たため原告会社はそのうち(4)ないし(6)合計一九八万円を訴外会社に返還し、この分は訴外会社より被告に支払われたこと、従って原告会社が受領し弁済に充当した分は、前記(1)ないし(3)の合計金四六二万円であることが認められる。

三  すると被告が弁済した金額は、前記一の金一七六万円、二の金四六二万円合計金六三八万円というべきであり右金額以上の弁済を認めるに足る証拠はない。

第四土地の代物弁済について

一  被告が所有する本件敷地内の土地を、金四五〇万円と評価し、これを原告札木に譲渡し、右土地所有権の譲渡をもって被告の原告会社に対する本件請負代金債務の弁済にかえる旨の合意が右三者間で成立したこと、そしてその後右三者間で、別紙目録記載の土地を譲渡すべき土地として特定したことはいずれも当事者間に争いがない。

すると別紙目録記載の土地所有権は、原告札木に移転したものというべく、被告は原告札木に対し、右土地につき所有権移転登記手続をとる義務があり、また原告会社の被告に対する本件請負代金は、金四五〇万円の限度で消滅したことが明らかである。

二  以上によると本工事代金一、二〇〇万円追加工事代金二四万五、〇〇〇円合計一、二二四万五、〇〇〇円より、前記第三の弁済金六三八万円、右代物弁済分四五〇万円合計一、〇八八万円を控除した金一三六万五、〇〇〇円が被告の残代金債務であると認められる。

第五被告の損害賠償請求について

一  ≪証拠省略≫を総合するとつぎの事実(一部当事者間に争いがない事実を付加)が認められる。

1  原告会社は、昭和四〇年七月一六日被告より本件建物建築を請負うとともに、建築に必要な申請手続の委任を受け、原告札木が担当者となって原告会社のためにこれら一切の業務を行ってきた。

2  本件敷地は、斜面になっていたため、まず右敷地を平坦化する必要があったところ、その工事の規模程度に照らすと、その工事は宅地造成等規制法所定の宅地造成に当り、しかも本件敷地の所在場所が宅地造成工事規制区域内にあるため、工事着手前に造成主は、建設省令で定めるところにより県知事の許可を受ける必要があり、また同地に建設する本件建築物の建築についても建築主は建築主事に対し建築基準法上の確認を受ける必要があった。

しかし原告札木は、これら諸手続の一切を訴外林国義に委任した。訴外林は宅地造成工事許可申請はせず、建築確認申請をしたに過ぎなかったが、原告札木は同訴外人がこれらの手続をしたこと、その申請に対し許可があったことを確認しないで、本件敷地につき宅地造成工事を行い、ついで同地上に本件建物の建築に着手した。

3  本件設計図書によると、右造成によって土の切取、盛上げが行われる結果、隣接地との境界附近に段差が生ずるので、右段差部分に、鉄筋コンクリート製の擁壁を築造することが指示されていたにも拘わらず、原告札木は、南側にはコンクリート塊積みの旧擁壁が存在していたところから、地質調査その他安全性の確認をしないで漫然、右旧擁壁で充分であると考え、これを利用することとし、同部分に新擁壁を作らずその上に盛土を行い、右設計図書に反する工事を行った。右工法は結局、設計監理技師の暗黙の承諾を得、請負契約上の問題としては解決したが、そのため本件建築確認申請については、建築主事より右敷地の安全性に疑問があると指摘され、確認を得ることができなかった。原告札木は同年九月頃右確認できない旨の通知を受けたにも拘らず、南側擁壁部分の改善を行わず、あえて建築物の工事を続行し、昭和四〇年九月三〇日これを完成させた。

4  そのため昭和四一年六月二八日同地に襲来した台風第四号に伴う降雨により、本件敷地中別紙図面B―B′部分の旧擁壁が崩れかかり、C―C′部分の旧擁壁は全部崩壊し、多量の土砂が流出した。右災害は、旧擁壁上に前記宅地造成のための盛土をしたことに原因があった。

5  そこで原告札木は、応急工事(原告主張追加工事ニ)をした上、改めて建築確認申請をするとともに、右敷地崩壊部分の補修工事を開始したが、昭和四一年一二月五日横浜市建築局より、右工事は不適合工事であるから直ちに中止すべきである旨の勧告を受けたので、これを中止した。その後、昭和四二年二月二〇日横浜市長(県知事の委任)より宅地造成等規制法第一三条第二項の規定に基づき被告及び原告会社に対し、防災措置を講ずるよう命令が発せられた。右命令によると、別紙図面(二)A―A′部分の旧擁壁及びB―B′部分の築造中の擁壁を撤去し、別に指示する構造による新擁壁を築造し、排水施設を整備せよというものであった。そしてその後原告会社と被告間の話合により、右命令による工事のうちA―A′部分の費用は被告の負担、B―B′部分の費用は原告会社の負担とすること、及びその工事を行う業者は被告が決定することが合意された。そして被告は業者を選定し、A―A′部分、B―B′部分、C―C′部分に新擁壁を築造し、昭和四四年頃完成し当局の検査を受けたところ合格した。

右認定事実によると、本件敷地中B―B′及びC―C′部分の旧擁壁崩壊は、原告札木の、適法な許可、確認を得ないでなした設計図書と異なる宅地造成行為に基因しているものというべきである。そして本件造成工事に関し、右許可、確認を受けることはその方法、内容が法規に適合している限り、可能であったものというべく、かりにそのため設計の変更が必要であれば、初期の段階では設計変更もできたはずである。のみならず本件設計図書には当初より新擁壁の設置が指示されていたのであるから、原告札木が、右設計図書通りの工法を行ったならば、右許可、確認を受け、法規に適合する新擁壁を築造することは容易であったものと考えられる。従って原告札木には、この点について少くとも過失があり、本件災害はこのような原告札木の行為によって生じた人災というべきものであり、不可抗力によるものとみることはできない。すると原告札木及びその使用者たる原告会社は、連帯して右部分の崩壊によって生じた被告の損害を賠償する義務があるものといわねばならない。A―A′部分については崩壊の事実はなく、またその改善のための費用については被告が負担する旨合意が成立しているから、結局この部分についての損害はないことになり、またC―C′部分については、改善命令の対象となって居らず、原告会社負担の約束も成立していないが、これを復旧する必要があることは否定することができないから、その復旧のための費用は、原告札木の本件不法行為によって生じた損害とみるのが相当である。

二  そこで被告が蒙った損害額について判断するに、≪証拠省略≫を総合するとつぎの事実を認定することができる。

被告は、

1  昭和四三年二月二七日訴外鶴見ボーリング株式会社へ支払った本件地盤調査代 金六万五、〇八三円

2  昭和四三年二月二八日訴外石川堅治へ支払った本件C―C′擁壁工事根伐り手間代 金二〇万四、三〇〇円

3  昭和四三年五月七日より昭和四四年六月一四日まで訴外株式会社酒井工務店へ支払った本件C―C′擁壁工事代金 金三三五万円

4  昭和四三年一一月四日より昭和四四年五月二七日まで前記訴外会社へ支払った本件B―B′命令工事代金 金一五三万円

以上合計五一四万九、三八三円

を支出した。

三  以上によると原告らは連帯して被告に対し右損害金五一四万九、三八三円の支払義務のあることが明らかである。

第六相殺について

一  被告が昭和四六年一二月一〇日の本件口頭弁論期日に、被告の原告会社に対する前記損害賠償債権を自働債権とし、原告会社の被告に対する前記請負代金債権を受働債権として、対当額で相殺する旨意思表示をしたことは本件記録上明らかである。

二  すると原告会社の被告に対する本件請負代金残債権金一三六万五、〇〇〇円は、全部消滅したものというべく、また被告の原告らに対する本件損害賠償債権は右限度で消滅し、残額は金三七八万四、三八三円になったことが明らかである。

第七同時履行の抗弁について

原告札木の、被告に対する別紙目録記載の土地に対する所有権移転登記請求権と、被告の原告らに対する前記損害賠償請求権を、前記認定の諸事情に照らし、実質的に判断すると、これらは請負契約における請負人の代金請求権と、注文者の瑕疵修補に代る損害賠償請求権の関係と同視することができるから、双務契約において認められる如く両者は牽連関係にあり、被告は自己の債務につき同時履行の抗弁権を有すると解するのが相当である。

すると、被告のこの点の主張は理由があるから、被告は原告らより前記損害金三七八万四、三八三円の支払を受けるのと引換えに、原告札木に対し、別紙目録記載の土地につき所有権移転登記手続をする義務があるというべきである。そして被告がこのように、対立関係にある右所有権移転登記義務に関し、同時履行の抗弁権を行使した以上、被告の原告らに対する本件損害賠償請求は、原告らから特に同時履行の抗弁権の行使がなくても、信義公平の原則に照らし、右被告がなす所有権移転登記手続と引換えでなければ請求できないものと解するを相当とする。従って被告の原告らに対する本件損害賠償請求についても引換給付の限度において認容すべきである。

第八結論

以上により原告札木の被告に対する所有権移転登記手続請求を前記引換給付の限度で認容し、その余の請求並びに原告会社の請求を棄却し、被告の原告らに対する請求は前記認定の限度で引換給付として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、仮執行宣言は不必要と認めて同申立を却下し主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一)

〈以下省略〉

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